シリコンバレーから将棋を観る -羽生善治と現代

シリコンバレーから将棋を観る -羽生善治と現代シリコンバレーから将棋を観る -羽生善治と現代

著者:梅田望夫
出版社:中央公論新社

梅田望夫さんの本は、Web進化論しか読んだことがないのですが、今インターネットで起こっていることを的確に説明した本だという印象でした。例えば「Googleの何が凄いのか」を一番きちんと説明しているのは、僕が今まで読んだ中ではこの本なんじゃないかと思います。

さらに梅田望夫さんは将棋ファンであることでも有名で、昨年の竜王戦のライブWeb観戦記はとても楽しみに読ませていただきました。内容が濃い上にわかりやすく、それほど将棋に詳しくない人でも楽しめる観戦記だったと思います。

その梅田望夫さんが将棋に関する本を出版され、しかもかなり面白いという話を聞きましたので、買ってみました。読み始めたところ評判通り面白く、最後まで一気に読んでしまいました。こんなに一気に読んだ本は久しぶりです。

まず、この本を一目見た方は、「どうしてWeb業界の人が将棋の本を書いているんだ?」という疑問を持つのではないのかと思います。至極最もな反応です。今まで将棋の本というのは、プロの棋士か、長く将棋を取材してきた新聞社や雑誌の観戦記者によって書かれてきました。

将棋というゲームは完全情報ゲームであり、運の要素がほぼありません。(ほぼ、と書いたのは、先手と後手はランダムに決めるためです。)
時間と思考能力さえあれば、いくらでも深く考えることができます。それだけに、将棋の本を書くには、内容が正しいことを担保するために、将棋のことを深く知っていること、つまるところ「将棋が強いこと」が必要であるとされてきました。
またそれと共に、将棋ファンも実際に将棋を指さないと将棋のことを語ってはいけないという風潮があります。

梅田望夫さんはこの前提は違うのではないか、と指摘しています。将棋をあまり指さなくて、あまり強くなくても、戦術本でなければ将棋の本を書いてもよいのではないか。また、例えば多くの野球ファンが実際には野球をしないように、将棋を指さない将棋ファンがいてもよいのではないだろうか。
そして実際に、将棋をあまり指さない自分が、将棋を指さない将棋ファンでも楽しめるような本を書いてみせたのです。
(ただ、梅田望夫さんが生半可ではない、熱烈な将棋ファンであることは確かです…何しろ、シリコンバレーに住んでいるにもかかわらず、将棋雑誌を毎号取り寄せているくらいですから!)

僕はまさしく「将棋を指さない将棋ファン」なので、梅田望夫さんが主張されていることにはとても頷けました。例え将棋を指せなくても、大まかなルールさえわかっていれば、プロの将棋を見るのはとても面白いのです。例えばサッカーの陣形(4-4-2とか、3-5-2とか)を語るように、将棋の陣形(矢倉とか、穴熊とか)を語ってもよいはずです。ロナウジーニョが人間業ではない動きでディフェンダーを抜いていくように、プロ棋士は信じられないほど深い読みで最善の一手を導きだします。(こちらの一局はニコニコ動画でも人気となりました。)

もちろん、シリコンバレーのコンサルタントならではの視点も面白いです。例えば将棋界を、「秘密も特許もない社会で技術がどのように発展していくかの実験場だ」と表現したり、プロ棋士の深浦さんを「若き日は技術を極め、後に人間の総合力を発揮して経営者となっていく可能性のあるタイプ」と表現するところは、なるほどと思いました。
でも、やはりこの本の面白さは、将棋のことが大好きな筆者が、将棋を指さない人でも楽しめるように書いた、という一点にあるのだと思います。今までの慣習に反するところもあるでしょうし、大変な仕事だったと思います。とても貴重な種類の本ですので、ぜひまた書いていただきたいなと思いました。

なお、これは将棋とは比べるべくもないくらいマイナージャンルなのですが、カードゲームのマジック・ザ・ギャザリングの世界も同じように「本格的にプレイしなくても横から見ているだけで楽しめる」ものだと思います。僕は時々オンライン版のゲームをプレイしたり、新しいカードが発売される度にカードリストを眺めたりして楽しんでいます。

インターネットの進化で、こういう楽しみ方ができるジャンルが増えてきたことは本当に素晴らしいことだと思います。

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ユリイカ 増刊号 総特集=初音ミク

去年末に出た、ユリイカの初音ミク特集号を買ってみました。僕はニコニコ動画は好きでよく見ているのですが、VOCALOIDが特別好きなわけではない…と書こうとして本当にそうなのかと思い、ニコニコ動画のマイリスを見てみたところ、半分くらいがVOCALOID関連でした…。これはどう見てもVOCALOIDファンですね。

この本は、最初はちょっと立ち読みしてみようかなと思って手に取ったのですが、そのあまりのボリュームに(なにせ240ページのほとんどがびっちり二段組みの細かい字で埋まっているのです、)これは腰を入れて読まなければと思い、買ってしまいました。ネットでも「VOCALOID論」というのはあまり読んだことがなかったですし、こんなに語ることがあったのかということ自体がびっくりです。

本の内容は、初音ミクを生み出したクリンプトンの担当者の方(佐々木氏)へのインタビュー、様々な評論、座談会、イラスト、果ては初音ミクに関する詩まであります。非常にバラエティに富んだ、盛りだくさんの内容で、僕はとても楽しめました。
初音ミクが出現してまだ一年半程しか経っていませんから、こういうリアルタイムで進行している物事に関しては、とにかくいろいろな人に語らせてみるしかないと思います。どれが正しいかはその時点ではわからないのですから。答えは、読んだ人が自分で考えるしかないのだと思います。

初音ミクという存在を考える上で、まずそれを「打ち込んだ歌詞とメロディーで歌わせることのできるシンセサイザー」として考えるか、「バーチャルなアイドル歌手というキャラクター」として考えるかの二つの切り口があります。この二つは実際には不可分なのですが、便宜的に分けて考えることは可能です。

まず「打ち込んだ歌詞とメロディーで歌わせることのできるシンセサイザー」としては、初音ミクにはMEIKO、KAITO等の先輩がいます。ただ、これらとは異なり、初音ミクはVOCALOID2と呼ばれる新しいエンジンを使用した、(日本国内では)最初に発売されたVOCALOIDです。
初代VOCALOIDエンジンとVOCALOID2がどう違うのか、Wikipediaの項目にとても詳しく書かれています。曰く、

音声素片を組み合わせて歌声を合成するシステムであることは変わらないが、合成エンジンが完全に入れ替えられているほか、エディタのインターフェースも一新、歌手ライブラリの音声もそれまでノイズとしてカットしていた息遣いなどを原音のまま生かし、ハスキーな歌声にも対応できるようになっている。
ということで、より自然に歌うことのできる性能を持ったVOCALOIDであるということがわかります。

実際、初音ミクの歌声は、単に歌詞とメロディーを打ち込んだだけではぎこちなさが残るものの、パラメータ調整を行うことによって、違和感なく聞くことのできるレベルに持って行くことができるようです。初音ミクはこの種のシンセサイザーとして、最初に「多くの人が使えるしきい値」を越えた存在だったのだと思います。

一方、後者の「キャラクターとしての初音ミク」については、まず第一に画期的だったこととして、初音ミクの製造元であるクリンプトンが、初音ミクの二次創作物について、営利目的でなければ一切の制限を行わない(ただし公序良俗に関する使い方等には制限がある)とはっきり宣言したことがあります。

キャラクターというものは企業にとっては財産であり、その使われ方は厳しく制限するのが普通です。このような宣言を行うということは、そのキャラクターのコントロールを失うことに等しいですから、普通は行いません。
実際、初音ミクはクリンプトンの佐々木氏をして

発売して五日で(良い意味で)「もういいや」という気分になりましたよ(笑い)。ネギ振ってる「はちゅねミク」が出てきた時に、「もうなるようになればいいや」みたいな。
と言わしめる全く予想外の進化を遂げました。(この辺りの事情はニコニコ大百科のクリンプトン最大の誤算が詳しいです。)

なぜこんなことが起きたのか、理由ははっきりとは言えないと思うのですが、クリンプトンが、「VOCALOIDはキャラクターとして売るべきだ」と考えたこと、そしてそのキャラクターの使い方をユーザーに任せたこと、そこにたまたま発表の場、コミュニティとしてのニコニコ動画があったことが、この初音ミクの爆発的な進化を生んだのだと思います。

…と、ここまでは最小公倍数的なまとめ方をしてみましたが、ユリイカ増刊号では、SF的な視点から見た初音ミク、アイドルとしての初音ミク、同人文化における初音ミク等々、さらに深い論考があります。全てが初音ミクとニコニコ動画に対して肯定的ではありませんが、VOCALOID作品をさらに楽しむために、良い本だと思いました。

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実践 パケット解析 ―Wiresharkを使ったトラブルシューティング

実践 パケット解析 ―Wiresharkを使ったトラブルシューティング実践 パケット解析 ―Wiresharkを使ったトラブルシューティング

著者:Chris Sanders
出版社:オライリー・ジャパン
ネットワーク開発者にとってパケット解析は、非常に重要な技術です。HTTP等の既に確立されたプロトコルを使うぶんにはそれほどでもありませんが、例えばソケットを叩いて独自のプロトコルを作成したり、サーバ開発を行ったりするときには、パケット解析を行う技術がないと「何が起こっているのか」を理解するのが非常に難しくなってしまいます。

特にPCほど開発環境が整っていない組み込み機器で開発を行うときは、通信が行えないときに、

・ハードウェアがおかしいのか?
・ネットワーク設定が間違っているのか?
・ソケットライブラリに問題があるのか?
・自分のプログラムに問題があるのか?

このような切り分けさえ難しいことがあります。パケット解析の技術は、このような状況でも大きな助けになってくれるでしょう。

ただ、今まではパケット解析ならこれを読め的な本がなくて、効率的に勉強する手段がなかなかありませんでした。この本はWiresharkというオープンソースのパケット解析ツールをターゲットにしていることもあって、本とパソコンさえれば、すぐにでも始めることができますし、内容も充実していて、「何を読めばよいか」と聞かれたときの答えになると思います。

内容としては、パケット解析とはいったいどういうことをするのかの解説から、パケット解析を行うにはどのような準備をしたらよいか、Wriresharkの使い方、トラブル解決のケーススタディと続きます。特にケースタディは20個以上もあり、どれも具体的で面白いです。中には、「pingのパケットに情報を潜り込ませていた」というようなセキュリティ問題も出てきます。こういうのはパケット解析をしないと、疑うことさえできません。

ただ、この本に書いてあるのはよく使われるプロトコルだけですので、プロトコルによっては仕様書を調べたりすることも必要だと思います。それでも、パケットを捕まえるまでの知識はきっと役に立つと思いますよ。

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漫画をめくる冒険―読み方から見え方まで― 上巻・視点

漫画をめくる冒険―読み方から見え方まで― 上巻・視点漫画をめくる冒険―読み方から見え方まで― 上巻・視点
泉 信行

ピアノ・ファイア・パブリッシング 2007-03-14

先週末は東京で開催された文学フリマに参加してきました。Codaを手にとってくださった皆さん、本当にありがとう!

ところで、同会場ですごく面白そうな本があったので買ってきました。「漫画をめくる冒険」という本です。漫画についての論文に近い内容なのですが、書いてあることが非常に刺激的な上に読みやすくて、帰りの新幹線の中で一気に読んでしまいました。中身のクオリティからいったら、本屋さんで売られていても全くおかしくないですね。

まず全体的に感じたのは、この作者さんは本当に漫画が好きなんだなあ、ということです。A5サイズで160ページの本いっぱいに展開される漫画論は、まさに圧巻です。僕も漫画を読むのは好きですが、漫画についてこれほどの共感を得ることのできる発見があるとは思ってもみませんでした。
単に語っているだけじゃなくて、漫画というメディアが他のメディアとはどう違うのか、なぜこれほどまでに魅力的なのかを分析し、明らかにしようとしています。まるで未開の地を切り開き、地図を作る探検家のようです。

例えば、序章「<本>の形をした漫画」に出てくる、仮想アングルに関する説明だけでも目からウロコものです。漫画を読むとき、左側を向いているキャラクターと右側を向いているキャラクターの違いについて考えたことがあるでしょうか?
ぜひ今手近にある単行本を手にとって、左側を向いているキャラクターと右側を向いているキャラクターを比べてみてください。右側を向いているキャラクターは、あなたと「対面している」感じがしないでしょうか?逆に左側を向いているキャラクターは、あなたの「隣にいる」感じがするはずです。
例えばガンスリンガー・ガール9巻、128ページ1コマ目のジャンと3コマ目のヒルシャーを見比べてみればわかると思います。
ほんのさわりだけでもこれですので、全部読んだときの刺激は推して知るべしです。

あと嬉しかったのは、個人的に大好きなeensy-weensyモンスターが大きく取り上げられていたことです。さらに大きく取り上げられているスクールランブルについてはきちんと読んでいなかったので、今度読んでみようと思いました。

ただ残念なことに、この本は現在同人でしか流通していないそうです。なかなか大変だとは思うのですが、是非本屋さんでも買える形で出版していただいて、多くの人に読んでほしいなと思います。

※言葉足らずな気がしたので追記しました。
誤解を招くような書き方をしてしまったかなと思うのですが、この本は漫画についていろいろ解説して、「ね、そうでしょ」と言っているだけではありません。作者さんは「漫画を読むにはリテラシーが要求される」とはっきり言っています。つまり、僕たちが国語の授業を受けて、小説の内容をより深く理解するように、漫画について見識を深めることによって、作家の意図を感じ取り、漫画をより楽しめるようになる、ということだと思います。
僕はこの本を読んでから、家にある単行本を読み返してみて、改めて漫画って面白いなあと感じてます。

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Joel on Software

Joel on SoftwareJoel on Software

著者:Joel Spolsky
出版社:オーム社

情報系の学生が、大学でプログラミングを学び、会社に入って製品を作るようになると、誰もがあることに気付いて愕然とすることと思います。それは、プログラムという製品が作られる課程において、コーディング技術は必要な技術の一部に過ぎないということです。つまり、プログラム製品を作るためのもう一つの側面、マネジメントの必要性に気付くのです。
もちろん、製品に近いものを作成している研究室もありますので、一概には言えないのですが。

Joel on Softwareは、Excelの開発チームにも参加していたベテランプログラマ、Joel Spolskyさんのエッセイ集で、その内容は多岐に渡りますが、主に仕様書の書き方、テストの行い方、スケジュール管理の仕方などのマネジメントの側面について書かれています。

マネジメントはもちろんマネージャの仕事ですが、プログラマなら誰でも仕様の作成やテストに関わると思いますし、第一この本にも書かれているとおり、「プログラマのスケジュールは、本質的に本人にしか立てられません」。
僕は会社で働くにつれてこのような分野について学ぶ必要性を感じ、ひとまず最初の一歩ととして読む本を探していたところ、この本のことを知りました。

この本が実際に役に立つかは、試してみないとわからないのですが、まず単純に内容が面白くて読みやすいというのは素晴らしい点です。抽象的な内容があまりなく、Joelさんの実体験と、ユーモアのセンスに溢れています。
特にJoelさんがマイクロソフトで働いていたときの話は面白いですね。

あと、自分が働いていて何となく感じていたことが、きちんと言葉になっていてなるほどと思いました。
例えば仕様書を書くことについて、Joelさんは「仕様書はあなたの上司にとっても、テスタにとっても、テクニカルライタにとっても重要だが、何よりもあなたはそれを書くことによって、機能をデザインすることを強いられる」と書いています。これは本当に頷けました。プログラマはすぐにコーディングに飛びつきたくなるものなのですが、そういう作り方は大体間違いなのです。

あと、この本はプログラマのマネジメントをしている、部長や課長クラスの人たちにも読んでもらいたいなと思いました。いわゆる現場の苦労について、とても実践的に書かれているからです。もしあなたの上司がこの本を読んでいたら、あなたは本当に得難い職場にいるのだと思いますよ!

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ディアスポラ

ディアスポラディアスポラ

著者:グレッグ・イーガン
出版社:早川書房
SF好きとしては非常に今更なのですが、グレッグ・イーガンの「ディアスポラ」を読みました。 グレッグ・イーガンはオーストラリア在住のSF作家で、巻末の解説によると、
ほとんど独力で現代SFの最先端を支えている
人物であり、
1990年以降に書かれた重要なSFを全世界から十冊ピックアップしたら、そのうちの半分はイーガンの著作になるんじゃないか
というほどです。つまりイーガンの著作を読んでいれば現代SFはほとんどフォローできているわけで、ある意味ではお得な作家さんですね。

イーガンの初期作品は、SFとは言っても基本的には人間の心の動きが主体になっていて、とても読みやすいのですが、この「ディアスポラ」はかなりぶっ飛んでいます。なんと言っても、舞台が30世紀。23世紀じゃないですよ。30世紀です。30世紀を舞台にするというだけで、並のSF作家では尻込みしてしまいますよね。僕も正直、30世紀の人間がどうなっているか、全く見当が付かないですから。
「30世紀の人間がどうなっているか」というイーガンの空想を味わうだけでも、この小説を読む意味があるのではないでしょうか。

ちなみに少しだけ紹介すると、ディアスポラでは、(少なくとも小説の最初は)人類はまだ地球外生命体とも出会っていなくて、地球に住んでいます。…案外普通ですね。でも、その存在の仕方が今日とは全く違っています。30世紀の人類は、肉体的には存在していなくて、コンピュータのソフトウェアとして存在しているのです。地球の各所に「ポリス」と呼ばれる巨大なコンピュータがあり、その中でたくさんの人間が生活している。各ポリスは運営方針が違っていて、あまり交流がない…という設定です。

コンピュータの処理速度は28世紀に限界に達しましたが、それでもポリスの中の人間は、僕たちとは比べものにならないスピードで思考します。人にもよるのですが、ポリス内の人間の一日は、実時間では1分40秒に当たります。一年でも10時間くらい。しかもポリスの住人達に肉体的な活動限界はありません。

確かに生物の究極の目的が永遠の命であることを考えたら、当然の帰結ですよね。ただ面白いのは、あくまで肉体での生活にこだわっている人たちや、自分を機械の体にインストールして暮らしている人たちもいるということです。
こういう多彩な設定が、物語を複雑に、しかも面白くしています。

数学や物理に関する難解な設定が出てくるので、読みにくい小説ではあるのですが、あんまりそういうところは気にしないで、30世紀の人間達の生活や、主人公達と地球外生命体との出会いを楽しんだらいいんじゃないかなあ、と思いました。読み終わった後に、とても満足感を覚える小説だと思います。

この記事を書いてたときのBGMは、ニコニコ動画のスピッツ萌えだけで、ポップアルバム「Girls Pop」も作ってしまったでした。素晴らしすぎる出来です。

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世界を壊す金融資本主義

世界を壊す金融資本主義世界を壊す金融資本主義

著者:ジャン・ペイルルヴァッド
出版社:NTT出版
gamellaが最近グローバル経済に興味を持っているということで、誕生日プレゼントにそれに関連した本をいただきました。どうもありがとうございます。 いただいたのはこの本と、「人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか」だったのですが、「人々は~」の方はちょっと内容が専門的だったので先にこちらを読ませていただきました。分量も適度で平易ですし、経済に関する知識があまりなくても読みやすかったです。

グローバル経済に関する本はたくさん出ているのですが、どうやら大きく二つの種類があるようです。一つは、グローバル経済の恩恵を説き、その効果(コスト削減効果や顧客層の拡大など)をどのように甘受するかを解説したもの。もう一つは、グローバル経済が現代社会にもたらしている問題を警告するもの。この本は題名から想像できるように、どちらかというと後者に属します。

ただ、資本主義を批判して社会主義を説いたマルクスが優れた資本主義の研究者だったように、批判を行うにはそれがいったいどういうものなのか、正確に把握する必要があります。その点、この本の著者はフランスの政府で首相官房副長官となった後、銀行のCEOを永年勤めており、しかも学校で教鞭もとっています。まさに実地でグローバル経済を経験してきたわけで、こういう人が読みやすい本を書いてくれるというのはかなり貴重ですよね。

著者が繰り返し訴えていて、印象的なのは、「資本主義に代わるモデルは現状ない」ということです。資本主義が世界に恩恵を与えており、これに代わるものがないことは、この数十年でよりはっきりしました。先進国が恩恵を受けていることはもちろんですし、

「半世紀の間に、途上国の人々の平均寿命は四十一歳から六十四歳にまで延びた。飲み水を確保できない人口の割合は65%から20%に下落した。乳幼児の死亡率は半減し、文盲率は52%から26%に低下した。現在、国際機関が目安としている中流階級の定義である年間6000ドル以上の所得がある層は、中国人で三億人、インドで9000万人、ブラジルで6000万人まで拡大している」
のです。

ただし、もちろん現代においてグローバル金融資本主義へと進化した資本主義は、様々な問題を抱えています。例えば、企業が際限なく活動を拡大することによって起こる環境破壊、グローバル化による各国文化の破壊、株主配当が優先されることによる富の集中です。
ただ、筆者が説くのは、これらの問題は副次的なものであり、最も根本的な問題は、現代においては「何者もグローバル経済をコントロールしていない」ことである、ということです。例え国家であっても、です。

グローバル経済では資本はまさに瞬時にして移動してしまいますし、企業活動でさえも例外ではありません。国が企業の活動を規制しようとすると、企業はそこから逃げ出してしまうかもしれないのです。つまり、企業活動はグローバルになったにも関わらず国家権力はローカルであるため、企業をコントロールする力は既に失われているのです。民主主義における原則は「国民主権」ですが、その主権はあくまで国家に対するものです。そういう意味では、現代において国民は自分のおかれている環境に対する主権を失っているのです。

しかし、株主会社であれば、株主がコントロールできるのではないか?と言われるかもしれません。ただし、それも大変難しい状況です。現代においては株の保有もグローバル化していますが、株主自身は言語、文化によって分断されており、コミュニケーションを取ることは困難です。例えば、ある株主が「この会社には環境保護を優先して欲しい」と思っても、それを他の株主に訴え、同意を得ていくのは容易ではないでしょう。
また、現代の企業では、経営者と資本の保持者は分離しているのが普通です。従って、経営者も会社を本当にコントロールすることはできません。
よって会社は、株主たちに共通する、「より収益を拡大させる」という一つの目標に、ひたすら猛進していくことになるのです。

筆者は、このような現状を解決するには、各国民や株主たちが団結し、企業をコントロールできるようにしていくべきだ、と説いています。困難な道のりであると思いますが…。

この本を読んでいるときに、ちょうどブルドックとスティールパートナーズとのバトルが展開していました。ちょうど良いタイミングだったので注目していたのですが、結果はブルドックの勝ちということになりそうです。ブルドック側は株主総会で3分の2以上の賛成を得て、スティールパートナーズに対して買収防衛策をとることになりました。
ブルドック側が勝つことができたのは、幸いなことに、ブルドックの株主がほとんど日本人だったからだと思います。そうであるからこそ、会社側は防衛策の必要性を株主に理解してもらうことができました。例えば半分以上の株主が国外の人だったら?このような防衛策は難しかったでしょう。

現状日本は、世界でも有数の債権国です。従って、特に日本に限って言えば「国民主権」は働きやすい状況ではないかと思います。しかし、それが今後どうなっていくのかは、全く不透明であると思います。

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ハリー・ポッターと謎のプリンス

ハリー・ポッターと謎のプリンス ハリー・ポッターシリーズ第六巻 上下巻2冊セット (6)
ハリー・ポッターと謎のプリンス ハリー・ポッターシリーズ第六巻 上下巻2冊セット (6)

発売日に買ったんですが、忙しくて全然読めてなかったハリーポッター第六巻。東京の方へ行く用事があったので、その行き帰りの新幹線で読むことができました。長編を読むなら、やっぱり新幹線ですね。二時間ちょっとという時間がちょうど良いのです。

まず一言で言うと、この巻はとても面白かったです。読み始めたらもう止まらない、という感じですね。第五巻であったような理不尽さが、第六巻ではあまりないのもよかったです。

ただ、多くの人が言っているように、物語はどんどん暗くなり、あまり児童書という感じではなくなっています。
だけど、思えばハリーポッター第一巻の日本語版が出たのは1999年ですから、なんと7年も経っているんですね。初めて読んだときは小学生低学年だった子も、もう中学生を卒業する頃ってことです。それを考えると、ハリーポッターの内容は、呼んでいる子供達の成長に合わせて変化していっている、ということになるんじゃないかな。
僕たちがロードス島戦記や銀河英雄伝説を読んでいた頃ってことを考えると、暗すぎる話でもないと思います。

ハリーポッターの魅力は、魔法と現代社会が奇妙にマッチした、そのユニークな世界観にあると僕は思っています。この世界観で、もっといろんな作品を読みたいですね。ローリングさんだけじゃなくて。
冒頭の、イギリス首相と魔法省大臣が話し合うくだりなんかは絶妙ですね。読んでてにやけてしまいました。

今まで迷ってばかりいたハリーも、今回の巻ではたくましく成長し、自分の為すべきことと向き合うようになっています。僕が一番びっくりしたのは、ハリーがクディッチチームのキャプテンになってることですね。いやはや、あのハリーが!ヴォルデモート云々より、こっちの方がびっくりです(^^;

というわけで、俄然第七巻が楽しみになってきました。早く書いてくれないかなー。

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ヤバい経済学 ─悪ガキ教授が世の裏側を探検する

ヤバい経済学 ─悪ガキ教授が世の裏側を探検する
ヤバい経済学 ─悪ガキ教授が世の裏側を探検する

誕生日にgamellaからプレゼントしてもらった一冊。とても面白かったです。

確率という考え方は、誰もが数学の授業で勉強すると思うのですが、その発展である統計的手法の、現実の問題を解決する上での強力さは、時々唖然としてしまうくらいです。
その最たる例が保険だと思うのですが、例えば自動車保険会社は、ドライバーがどのくらいの確率で事故を起こすか予測できるからこそ、商売が成り立っているわけですよね。
個人の運命は予想できなくても、それが集団となると、かなりの精度で予測できてしまう…というのは、正直言ってとても不思議な気がします。
考えてみると、こういう統計的予測の元になってるのは、実際に予測されるのとは全く別の人の、全く別の場所で起こった事件なんですよ。

「なんで統計的予測って当たるんだろう?」という疑問はあるのですが、現実としてそれは当たります。当たってしまうから、それを力の源泉とする経済学は、非常に強力な学問であるわけです。

この本の著者の一人である、経済学者のレヴィットさんが凄いのは、その力をとても身近な問題に使っているということなんですね。例えばこの本で最も大きなテーマとなっているのが、「1990年代、どうしてアメリカの犯罪は急激に減ったのか?」ということです。
社会学者が色々なことを言っている中で、レヴィットさんは経済学の手法を用いてその原因を見つけます。それも、画期的な新手法ではなくて、経済学では使い古された手法を用いて、です。今まで実験というものが存在しなかった分野に、それがもたらされたわけですから、他の学者さんは大変だったでしょうね。
他にも、「子供の成績に、親はどのくらい関係があるか?」とか、とても面白いテーマがあります。

こうして見ると、経済学的な手法は、もっと幅広い事柄に使われてもいいのかもしれません。世の中がIT化してくると、今までは宙に消えていたデータが集まってきます。同時に、それを解析するためのコンピューティングパワーも増大しています。
このデータをうまく活用すれば、人間が解くことのできる問題は、もっと増えるんじゃないかな。下手をすると管理社会になってしまうかもしれないですけどね。

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ハリー・ポッターの面白さ

ハリー・ポッター新作、厳戒態勢で製本

セキュリティー繋がりじゃないけど、ここまでやるのも凄いですね。
前に酷いこと書いたりもしたんですが、僕はハリー・ポッターシリーズはとても面白いと思います。

他にはないハリー・ポッターシリーズの魅力は、何と言っても生活の中に生きる魔法が描かれていることです。日本のゲームやマンガや小説では、魔法はほとんど戦いの中でしか使われないけど、ハリー・ポッターシリーズでは魔法で掃除をしたり、魔法で料理したりします。

科学が戦争の道具ではないのと同じように(そういう一面があることも否定できないけど)、魔法だって戦いのためあるのではないはずです。ハリー・ポッターでの魔法の使われ方は、ほんとにイマジネーション豊かで面白いですね。

さらに無責任な分析をするならば、現代社会には(特に子供にとっては)それこそ魔法のような、ワケの分からない技術が溢れていて、ハリー・ポッターシリーズはそういったものを、「何か不思議なもの」である魔法という言葉で追認しているのではないか…と言うこともできると思います。それが良いことかはわからないですけどね。

ハリー・ポッターシリーズは不思議なくらい日本語訳に時間がかかるのが、何とももどかしいのですが…地道に待とうと思います。

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